私の三大コワい歌

先日のラジオ深夜便の1コーナー、青春のフォーク&ポップスは昭和56年の特集。 
「キッスは目にして」と「ルビーの指環」、そして「ジェラシー」が同じ年の作品とは、自分の中ではどうにもまとまらない。

石川ひとみの「まちぶせ」と「メモリーグラス」も同じ年の作品。
「まちぶせ」、こういう歌詞書いちゃうかと初めて聞いたとき思わずぎょっとした。同性としてその心情は嫌というほどわかるだけに、そして自分だったらひたすら隠しておきたいという情念だけに、それを堂々歌詞にするかとおののいた。

「けんかをやめて」はほとんど同時期の作品だと思うが、これにもびっくりさせられた。“わたしのために争わないで”って、そーゆーシチュエーションには縁がない者のひがみといっちゃ違いないんだけど、やっぱり同性として引いてしまうような歌詞をよく書くもんだとあっけにとられた。まして、歌っていたのは「ラブレター」の天真爛漫な可愛さ(腰をけがしたのはちょうどこのころだったんだよね)が大好きだった河合奈保子。竹内まりやなら大人の世界ということで何となくやり過ごせる歌詞も、素直さが持ち味の奈保子ちゃんが歌っては、「よく言うよ」という思いと「厚顔」という言葉を消すことができない。メロディーがよかっただけに違う歌詞だったらなとは今でもふと思う。

同性としていろんな意味でコワい「まちぶせ」と「けんかをやめて」。描かれている心情そのものに対して、そしてそれを歌の歌詞として世間に披露できてしまうことに対して怖さを禁じ得ない。堀江淳作詞作曲の「メモリーグラス」の方がよっぽどシンパシーを感じてしまうのは皮肉な話。
あみんの「待つわ」もたしか同時期。好きだけどやっぱり怖い。無自覚なんだか自覚してるんだかよくわからない執念は、ある意味、自覚の上でのそれよりも怖いんだ。

“その空気”は、単独であるときよりも比較対照となるものの存在でより一層鮮明になるわけで、アイドルのフリフリドレスやぽっと出新人の素人っぽさ、そして卓越したクリエイターの技ならではのたまらなく切ないメロディーとともに提供されたとき、自分にはそのいろいろな意味でのコワさが強調されるに至ってしまった。
ということで、「まちぶせ」「けんかをやめて」「待つわ」は私の三大コワい歌なんです。

この記事へのコメント

2007年02月24日 22:48
こんばんは!
あみんの「待つわ」は、僕が中3だった82年の曲で、「夜のヒットスタジオ」で初めて聴いて、すぐにレコードを買いに行きました。内容まで気にしてませんでしたが、他の誰かにフラれるまで待ってるっていうのは、確かにコワイですね。ちなみに、2ndシングルの「琥珀色の想い出」も買いましたが、どちらかというと、こちらのほうが好きでした。
僕のコワイ歌は、中島みゆきの「うらみます」ですね。タイトル見てるだけでもそうですが、歌詞も曲も声もメチャクチャコワイです(笑)。
2007年02月25日 20:04
ゆうさん、こんばんは♪
そうなんです、他の誰かにふられる日まで待つわっていうのにひえ~っとなった感覚、今も消えないんです。
「待つわ」と荒木大輔ってなぜかセットで甦るんですが、82年ですか。ということは、最後の甲子園ということで騒がれていたのと一緒にインプットされているのかもしれません。う~ん、懐かしい!

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