スフマート

先日、モナ・リザの技法に関する新聞記事で「スフマート」という言葉を目にしてちょっとびっくり。
美術の世界ではスタンダードな用語なんだ。初めて知りました。

「『自分が知らなかった』ということ」を知ることは、知識・情報を得ることそのものとはいろんな意味でまた違った意味合いを持つ。無知は恥じ入るより受け入れるものというのが持論だが、無知ゆえの畏れ多さはよくあること、というよりあり過ぎるパターンだ。

その人が使っている言葉を少しでも理解したいと外国語をかじるきっかけとなった人は、一時期“消息不明”になった。国際的に知られ得るポジションを去った後の行方はお国の先生に聞いてもわからない。そんなとき、「煙のように消えた」「雲散霧消した」の訳のスフマートという言葉が調べもものの最中で目にとまり、“彼は眼前から消えてしまったの”と訴えたくて使ってみたら、先生には自分の表現したかった感じがかなり伝わったようだった。

ということで個人的に思い入れのある「スフマート」だが、改めて辞書を見るとちゃんと美術用語としての解説が載っている。最初の方に載っている訳で“これだ!”と喜んじゃって、後ろの方まで読んでませんでした。いかんですね。
自分の感覚を表現するにもってこいと使っていた言葉が畏れ多くも権威ある美術用語とは、これこそ無知のなせるわざだ。知らないということは本当に“凄い”。

くだんの彼は、その後、同じ球技でも異なるボールの世界に異なる役職で出現したかと思ったら古巣の分野に戻ったりしているけれども、ネームバリューの低下で追っかけづらくなっているのは事実。でも、煙のかすかな残り香、粒子からでも跡をたどります。スフマートにはあくまで美術用語として活躍していただきましょう。

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