ぐれた

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zoom RSS 「青色鞏膜」

<<   作成日時 : 2008/08/24 11:15   >>

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仕事で調べものをしていたら“青色強膜(せいしょくきょうまく)”の文字が目に入る。
白目の部分を強膜といい、遺伝によりそこが青味を帯びているのが青色強膜。木々高太郎の短編「青色鞏膜」によりずっと“鞏膜”と思っていた自分には、コワモテの「強」よりも、「恐」を想起させる「鞏」の方が悲しく恐ろしい愛情物語である「青色鞏膜」にはふさわしく思える。後付けだけれど。

ということで久しぶりに読み返してみた。

以前この作品について自分がどう書いたか覚えていないので見てみたら、「…運命の容赦なさに、呆然と立ち尽くすことしかできない。青に象徴される2人の純真な愛と科学の冷徹厳正さには涙でもってしか対応できない」とあった。
別な意味で呆然とする。「科学」は「遺伝の法則」と限定して書き直さなければならない。“時代”ということでいたし方ないとは了解しつつも、らい病に対する当時の認識と偏見に対して禁じ得ない憤り。当時最高峰の医学博士でもこうだったかと改めて愕然とするし、悲恋物語に打たれるばかりで文字にするまでの憤りには至らなかったか、自分がその点に触れなかったことにさらに呆然。そして、そのような認識が作品のかぎの一つになっていることに悲しいジレンマを覚える。
高度な専門性に対する“時代”の洗礼は容赦ない。でも、高度な専門知識をベースにした創造性が木々の作品の大きな魅力なのだ。アイロニーとジレンマ。

作者の人物像は時に善悪の二項対立を色濃くする。ここでの青年2人は代表例。ページが進むに従っての増幅ぶりにはいささか鼻白む。大脳生理学者として人間の微妙さに接し続ける反動か。いや、その肩書きゆえに二項対立がより強く感じられるのかもしれない。アイロニーとジレンマ。

舞台は作者の故郷である甲府の盆地。巻頭の思い切り雄大な遠景からヒロインのいる山村にフォーカスされていくパノラマ描写には各ポイントの地名が散りばめられ、続く主人公2人の会話では方言についてやりとりされる。以前は何の感慨も関心もなかった地名や方言が、大河ドラマ「風林火山」により身近なものへ。すると、流し読み同然だった『甲斐の盆地に春が来た。』(以下、『』内は同書より引用)で始まるこのパノラマが堂々の名文に思えてきた。
西の『連山は真白』で、『盆地には緑が芽ぐみ、桃の花がうるんだように咲』き、そして『山吹の花の黄色が乱れ』る早春に物語は始まる。富士川の流れも、きっと白く光を反射させていることだろう。生気あふれる芽吹きと清冽な流れには胎動を感じる。でも、息づいていたのは悲劇。春も盛りを過ぎた最終章、ヒロインの前には『朱欄碧瓦の、祖師堂』がそびえ、『墨黒々』と書かれた高札が立つ。『山吹はすたれ』、紅つつじの頃となった。盆地を囲む色彩は透明感と決別し、“現実味”を帯びる。『末は駿河の海にそそぐという富士川は、ここ、身延あたりより、水量次第に加わるのである。』の最後の一文、読み手にとって富士川の色はもはやすべてをその底にのみ込む海の青碧だ。

対照をなす冒頭と末尾の筆遣いの見事さに今回初めて気づく。「探偵小説芸術論」を提唱し直木賞を受賞した、叙情と情熱の人・木々の文章はやはり美しい。
なのに、なぜ認知度が低いのか、現在読める作品が少ないのか。彼の論理性、そして真骨頂は本格探偵小説としての論理性とは別のところにあるのに、論理的思索と芸術的創造の融合を探偵小説界において唱えた“違和感”は一つ作用しているだろう。むしろ探偵小説という冠から離れた方が評価されたのではというジレンマにたどり着く。

久しぶりの「青色鞏膜」、いろいろなジレンマに包まれた。
“青色強膜”の文字は、探偵小説に理想をうたい情熱を傾けながらその姿勢を探偵小説界に受け入れられなかった木々のジレンマの一端に思いを致せと、私の眼前に現れてきたのかもしれない。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
「本格」「探偵」にピーンときてしまいました。
この記事をきっかけに 鮎川哲也『偽りの墳墓』(S38)を再読しました。
らい病への偏見を謎の設定の一つに使うわけなんですが、その扱い方が当時にしては画期的で偏見除去を願うヒューマニズムに満ちています。初読時高校生だった自分にはよく理解できなかったことがようやくわかるようになると、現代におけるこの点の若干の改善は(元)患者達にとって最小限の救いなのだろうと思います。
時代性とはいえ酷い仕打ちをしたものです。

それにしても私は思うんですけれど、ぐれたさんの本職は文筆業ではないのかと!
FLAT4
URL
2008/09/09 16:35
まあ!大心池先生と出逢った「文学少女」のミヤになってしまうようなコメント、泣けてきちゃいます。

今回憤りに至った大きな要因は、この間の国家賠償訴訟の動きだと思うんです。“無関心”だった人間にも憤りを芽生えさせたこの運動の意義は大きくて重いです。そしてもう一つ、ジャーナリズムの力って大きいなあと。

巻頭の川の流れの描写にどうしても「清冽」という言葉が浮かんでくるのでここで使ったのですが、「マイ・ベスト…」W収録の2作で「清冽」が使われていました。きっと好んだ言葉なんでしょうね。自分が好む言葉を読者にイメージさせられるとは、文学者としてもっと評価されてほしい……というと探偵作家・木々をうっちゃっているようでジレンマ!
ぐれた
2008/09/10 00:36

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