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zoom RSS 試されているのはわたし−9月18日阪神vs巨人

<<   作成日時 : 2007/09/18 23:06   >>

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能見がキャッチャーのサインに首を振るなんてそうそうないこと。だから、“首を振れる”野口相手にもっと投げさせかった。だから、その後の彼の投球が見たかった。でも、続投がかなわなかったのは仕方がない。
「負けられない試合」が続いていることは能見自身の言うとおり。そして、この結果では「負けられない試合」でマウンドに立ち続けさせてもらえないことは、彼が一番わかっている。

わたしは能見というピッチャーを誤解していたようだ。
懸念していた完投能力云々は、実は問題ないのである。先発2試合はそれなりに投げられても、その後良くなくなる、それの繰り返しとは、やはりローテーションピッチャーとしての基本的なスタミナ不足。ここ3試合のマウンド上の顔を見ればそれは一目瞭然だ。精神面や技術面もさることながら、彼は続けて投げこなせる体力を持たなくてはならない。

かつて絶望的なまでの運命の皮肉に遭遇したとき、それを乗り越えさせてくれたのは応援の対象のプロとしての実績と自分自身の若さだった。
それから22年。わたしに当時の若さはないし、現在の対象にプロとしての実績はない。今、目の前にしているのは、大いなる神様の皮肉ではなく現実の力不足。

それでもわたしは能見を見続ける。
何事もはねのける瞬発力は衰えはしたが、現実の無情に向き合う胆力は左腕の大先輩のたどった道のりから授かった。能見にとって山本和行の大胆さと精神力から何か生かしてくれることがあったら、1985年、歓喜に沸く傍らでわたしが味わった“どうしようもなさ”も少しは報われるというものだ。

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