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zoom RSS 「イタリア12小都市物語」

<<   作成日時 : 2007/05/06 02:04   >>

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コッレッジョのサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ聖堂の天井画は、「キリストの昇天」ではなく「聖ヨハネの彼岸への旅立ち」とのこと。小川煕著「イタリア12小都市物語」(里文出版)で知りました。結構衝撃です。

かぎ括弧内の引用はすべて同書から。

「昇天を待つヨハネを迎えるためにキリストが天上から下降してくるという場面」で、「キリストの頭髪の動きを観察すれば」上昇ではなく下降を描いていることは「明白」なんだそうだ。
名前を与えることの重大さを突きつけられる。ドゥオーモの『聖母被昇天』との対のイメージが出来上がってしまっているし、キリストの昇天という一大クライマックスでないとは、それまでの感慨はどうしたらいいんだろうと戸惑う。でも、マリアのことも迎えにきているんだから、その方が自然か。

『めまい』のスコティの悪夢が始まったのは教会の鐘楼だけど、クーポラを見上げて、荘厳な雲と使徒や天使たちの渦に圧倒され自分も昇っていくような感覚にくらくらした後に残るのは、幸福感と充足感。“逆めまい”だ。深淵を見下ろすより天空を見上げた方が精神衛生上もいいでしょう。

コッレッジョの天井画については、「あまりにも大胆な“空中浮揚”の表現は保守層からは必ずしも歓迎されなかったらしい」という記述で締めくくられている。
初めて『聖母被昇天』の写真を見たとき、神々しい色彩や渦巻く雲の迫力に感動しながらも、“聖母(最初、中心にいるのがマリアだとばっかり思っていました)だっていうのに、こんなに生々しく宙に浮く足を表現しちゃっていいのかしら”と、そして後に見た『キリストの昇天』でも同様の感想を持った自分としては、素人なりにも感覚的に“腑に落ちる”締めくくり。その感想は記述の視点からはズレているにせよ。

やはり基礎知識がない者が手にとるのはおこがましかったかと思いかけたり、あるいは、さらなる解説が展開されるかと期待すると「詳述は避けることにして」とか「あまり関心がないので、これ以上追及〔ママ〕しない」とすかされる一方、かなり生な個人的思いが散りばめられていて面食らう。が、あとがきを読むと納得。既発表の書き下ろし原稿より紙数の制限で解説は縮小され、そして、本書は「文献による事実関係」「ことに数字的なデータ」を「素材とした私が描いた各都市の肖像画といえるもの」とある。「私が描いた…」は言い得て妙。
校正漏れがあるのはともかく、「モーデナ」「ミラーノ」等アクセント絡みの表記にはこだわっているのに「アイデンティティ」と「アイデンティティー」が混在するのは、著者の関心外であることのあらわれか。でも、用語の不統一は美しくないと思うんだが。
と門外漢もつっこみたくなるほどかみ砕いて著されている本書は、最後まで飽きずに読める一冊。写真の掲載の関係もあるだろうから紙質落として経費削減は無理かもしれないが、字のポイント小さくして字数稼いで「細密な解説」は再現できなかったか、残念、もったいない。

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