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zoom RSS 「エラリー・クイーン」♯9(ネタ、バレてます)

<<   作成日時 : 2005/12/01 21:41   >>

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とうとうやってしまいました。それまで(いつもとは違って)うとうとすることもなかったし、エレべーターに乗り込んだのが最後の生きている姿で、次に扉があいたときには“誰もいなくて”、次にあいたときには死体が横たわっていたというなかなかおもしろそうな事件だったから、それなりに興に乗って見ていたはずだったのに……、気がついたら番組終わってました、げっ!“ウトウト、ハッ”がなかった分、かえって眠気が分散されず一挙に襲われることになったか?!ビデオで見直したところによると、3分の1ぐらいのところで意識を失ったようです。

監督、ジャック・アーノルドって「大アマゾンの半魚人」のJ・アーノルドなんだろうか。フィルモグラフィーを見ると「警部マクロード」も監督していたりするから、彼なのかな。

自分が推理できないことを棚に上げて、“最初のころはともかく、ここんところは本当にフェアっていえるかな〜”なぁんてついつい思ってしまう。「視聴者への挑戦」の後の展開がやたら激しくなってきているんじゃないかと感じるようになっちゃ、視聴者の資格なしか。
そのかわり本筋とは関係ないところにやけに気が回る。
前回(だっけ)台所の水道が直せずに難儀していたエラリーをシンクの修理屋と間違わせてみたり、共産主義者ではないかと思われている人物の名前がミスター・グリーンだったり、大株主の孫なのに死亡記事ばかり書かせられていて不満たらたらの新聞記者には「有名人の死亡記事は生前から用意する」とトルーマンの死亡記事で“練習”させたり、何だかちょっとユーモアきっつくなってないか?ファーストネームがフランクとわかり“MMならぬFFか”と思ったフラニガンがバカ扱いされる。FFならぬFFFか。そのフラニガンのような記者になりたいみたいなことを登場人物の恋人が言っているだとか、エラリーが昔々なりたかったのがジャグラーだとか、笑えるような笑えないようなビミョーなやりとりが織り込まれ、本筋よりもそっちの方に気がとられる。

今回はエレベーターが殺人の舞台。ということで、実際エラリーたちがそこまで行くことはないがエレベーターシャフトのショットも登場する。ああ、古今東西、本当に広く使われているんだ、TVシリーズにまでも。私がエレベーターシャフトを用いた“絵”とかシーンが蠱惑的とも形容し得るこちらを惹きつける何かをはらんでいることを自覚したのは「ダイ・ハード」。そして「スピード」において、オープニングの甲虫的な何とも言えない輝きを放つシャフトそのものと、続いて展開される爆弾魔によるパニックと“壊れゆく箱”の描き方、そして“箱”の外側と内側でのかけひきが余りにも面白いシークエンスにより、自分にとってのその魅力は決定的になる。
何でエレベーターシャフト映されるとそんなにそそられるかな。日常生活ではまずお目にかかれないものだから。これはまず一つ大きくあるでしょう。そして、誰であれシャフトを目にするようなシチュエーションというのは多かれ少なかれ身の危険を伴う。そういう状況と、ジェットコースターにも通ずる、自分の意図しない、全くの外力による上昇と下降という恐怖、そして自身の意志ではいかんともしがたいという、それこそ足元が沈み込んでいくようなおのれの頼りなさ、無力さにさらされるという、死と隣り合わせ、自分がなくなるという恐ろしくて甘美な感覚に憑かれてしまうかな。

それにしてもなー、エレベーターは一度地階に降りていたとか、押した階数のボタンがダイイングメッセージというのは一応お見事だが、32口径で1.5メートルの至近距離から撃って即死しないわけ?被害者のいつものエレベーター内の立ち位置というのは結構奥まったものなのだが、撃たれてから階数のボタン押せるまで絶命しなかったんだ、しかも6階過ぎるまで待てたんだ。犯人のへたくそ!というしかない。そして12階の秘書は書類の山で死体が見えなかったなんて、私の仕事場は余りにも狭くて書類だのパソコンで生じる死角とは日ごろからお付き合いしてる上に、書類の山で床まできちんと見えていないのは余りにも当たり前な“絵”だったので、12階で死体はなかったといっているのはその映った画面からだけではなく言われているものと思っていたら、あくまで秘書の証言イコール画面だったのね。あらら、別な意味でしてやられましたというところでしょうか。

フラニガンのネクタイがめちゃくちゃ趣味悪いのは最初の登場から思っていたが、ベリエのそれも負けず劣らずの代物ということに今回気がついた。ま、2人のネクタイの趣味の悪さはキャラ的にもいいとして、今回の被害者の妹・ハリエットの衣装のいただけなさときたら、コロンボではゲストでイーディス・ヘッドに御出演願っているぐらいなんだから、プロデューサーとしてリンク&レビンソン、女性の衣装ぐらいきちんとさせろよ、ましてハリエットは別に趣味の悪いキャラじゃないんだから!と思わずにはいられなかった。E・ヘッド出演云々なんてぜ〜んぜん関係ないことなんだけど。それぐらい“噴飯もの”のデザインだったんですっっ。逆に一見の価値アリかな?
大株主である記者(石原伸晃似!!)のおばあちゃんが容疑者のアリバイについてエラリーに念を押され覚えていないと申しわけなさがる姿、何とも微笑ましい。コロンボの「第三の終章」のアル中おじさんを思い出させる。彼こそ、救護院でコロンボが浮浪者と間違われる有名なシーンの根源となった人物。アル中だけど憎めないおじさん、年とって物忘れ激しいけどどうしてどうして愛すべきおばあちゃん、今回のコロンボと“こじつけ”はここにあったというわけでした!

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