とまどうペリカン、またあるときはレレレのおばさん

6月28日のタイトルは、もちろん作詞作曲・井上陽水、編曲・星勝(ほしまさるじゃないのよ、ほしかつなのよ)の「とまどうペリカン」より。

歌詞はこちら。
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND3283/index.html

2段落目、「…のなら」という条件に続くのは「あなたが…して」という願望。条件の下に帰結ではなく願望が来るのは、一面サスペンデッド、耐力が要る。リフレインの次の3段落目に至っては、「…走るなら」「…はぐれたら」という『いっそ仮定』攻撃の後に「立ち止まらずに振り向いて」という忠告&懇願が控えている。そんなに甘やかしてられるかよとも言いたくなったりして。

とにかく、たとえ夜を二人でゆかなくとも、たとえあなたが邪魔者を消さなくとも、あなたの足あとを消さねば。だって「闇におびえているライオン」は「どこからでも」見えてしまうのだから、たかがペリカンにすら。

爪を休めている者に牙をむこうとしている輩には、時にレレレのおじさんあるいはレレレのおばさんになるのも対抗のすべの一つかもね。完璧にイノセントに行き先を尋ねられるのも、恐怖心とも警戒心とも無縁とばかりに堂々足あとを掃き消しまくれるのも、だれからも識閾下で処理され、既に“読点”と化しているレレレのおじさん・おばさんにこそ許される芸当。

遁走者と隠匿者の危うさは甘美ながらも、後から行く者の視線はどうしたってやるせない。この手が届かなくなるかもしれない不安感と喪失感をそよがせる詞にどこまでもとまどいながら、そのやるせなさを補って余りある、あるいはやるせなさを募らせてなお覚悟をそそる曲&編曲にレレレのおばさんはまたほうきを持つ。

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