読んでから見るべし!

「アヒルと鴨のコインロッカー」の公開が迫っている。

「読んでから見るか、見てから読むか」は角川書店によるメディアミックスの懐かしきうたい文句だけど、今は断言できる、読んでから見ろと。

可視化不可能とうたわれた「ハサミ男」の映画化を見たのは年末のこと。この作品を一体どのように映像化するというのか、疑問符の方が先に立ってお金を払ってまで見る気持ちになれなかったから公開当時劇場に足を運べなかったんだけど、やっぱり見に行かなくてよかったというのが正直な感想。原作のおもしろさ&衝撃を映画では再現できないとわかっているスタッフが、何とか膨らみを持たせようと懸命になったということはわかる。でも、その空振りぶりにいじましさが募ってきて、見続けるのがツラいという一作になってしまった。
そのツラさを映画「アヒルと…」もまとってしまわないかどうか危惧するばかり。

活字という、映画よりもより想像力を働かす幅のある世界で受ける感銘というのはかけがえのないもの。映画という“総合芸術”からもたらされる感動と、制限された世界だからこその作者の創造性&受け手の自由度は別物だ。

間違いなく言えるのは、見てから読んだのでは、見ることなく読んだときの感動は味わえないということ。その喪失は、読むことなく見たとき得るだろう感動の喪失と比較にならない大きさだ。生涯の損失たり得てもしまうんじゃないか。もっとも、本人には気づきようもないことだろうけど。「ハサミ男」を読んでの衝撃は映画を見てしまっては味わえない。

瑛太というキャスティングがナイスなだけに、地元名士に混じって伊坂幸太郎本人の“絶賛”のコメントもあるだけに、そして原作が名作であるだけに映画としてのおもしろさがどうなのか心配するとともに、見るなら読んでからにしてと願わずにはいられない。

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