「THE FBI」♯71-マーティン・シーン登場

マーティン・シーンを初めて知ったのはTVでの「カサンドラ・クロス」だ。評判はさんざんだけれどもひどく好きな「カサンドラ・クロス」。好きな理由の一つはM・シーンなんだと思う。

「地獄の黙示録」が最大の転機であることは言うまでもないこと。
もちろんリアルタイムでフォローしてたわけじゃないけど、私は、「地獄の黙示録」以前の、わざとすねたような、今では死語の「不良っぽさ」をプンプン立ち込めさせた、そして“すねて不良っぽい”当然の帰結としての破滅&悲劇、カタストロフィーを常ににおわせる彼が妙に好きだった。「カサンドラ…」での役回りはそういうありようの凝縮かもしれない。

自分が「母性本能をくすぐる」存在であることを十二分にわかっている彼は、年上・年下、加えてその年齢差関係なく、取り入り、魅了し、搾取する。金の切れ目が縁の切れ目のジゴロとパトロンであることはお互い百も承知ながら、他者を救うため自分の命を懸けようとする一瞬の彼と“老醜”E・ガードナーの視線の絡み合いは、まだ十分に子供だった自分にも“ああ、そんなふうに描いてくれたらせめてもの救い”と思える、受け手と送り手双方のささやかな慰めのポイント。

「地獄の逃避行」は“幸福な地獄行き”だったけど、「毒のある花」や「白い家の少女」で孤独に葬られてるうちにたくましくなって、昔からは想像もできない偉大なる俳優に。「地獄の…」もさることながら、もう昔のマーティン・シーンではないんだと実感したのは「デッド・ゾーン」だ。それにしても、あんなふうにホワイトハウスの主になるとはね。

本当に若いここでの彼。初々しさが何よりも先にくる印象だけれど、誘拐に手をかすのにもおじさんの役に立つならみたいな善行・悪事の区別なしのその目は、後の“大化け”さもありなんというものだ。狂気を経ての理性と良心の穏やかさを得るはるか以前の、アブナいイノセントさを宿す目の光は一見の価値ありかも。

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