「NFK」最終調整……ってか

昨晩の夢の中にこんな場面がありました。
駅のホームで星野仙一氏発見!「能見はどうですか?」と尋ねると、「能見なあ…」と“あいつはど~したもんかなぁ”と遠くを見るような表情をする。その顔を見て、“あぁ、新聞なんかでは調子のいいようなこと書いてたけど”と、「やっぱり…」と口にしてしまう私。

あぁ、これって昼間に見た「ジェフの穴は埋まった!」と能見について報じるネットのニュースをまんま反映してる。

結果が悪ければ悪いで心配でたまらないし、「球威、キレとも抜群」なんて書かれれば、“えぇ~っ、いくら評価されてもオープン戦でしょう、ここで持ち上げられていざ開幕してだめだったらどうしよう”と調子いいならいいでまた別な意味で胸がギューッと締め付けられる。はじけないファンだということは重々わかっています。でも、昔からホントに入れ込んだスポーツ選手に対してはこうなっちゃうんだよなあ。野球のピッチャーとなればなおのことだ。
山あり谷あり、その差あり過ぎの1年目。コンスタントに働けるようになってほしいということだけだって2年目の彼へのささやかかつ切なる思いなのに、ウィリアムスの穴はとーっても大きいんだからね、そこを埋めるってすんごい大役よ、昨シーズン以上内臓痛めなくちゃならないんかな。

そして、彼のファンとしてどんなつらいときも、それを見れば“あぁこんな緊張しきった顔して。能見、何とかがんばれよ”と思えた、動いているときの彼の二枚目ぶり(そう、とてもプロとは思えない、もろあっぷあっぷになっているときでも、その顔の端正さときたらこっちの心臓を捉えて離さないものだった)とは別人としか思えなかった公式HPの写真も今は昔のお話。今季の彼は笑ってるんだ。それも、もし調子悪いときに見たら“そんな顔して笑ってる場合じゃないでしょー”と突っ込むこと間違いなしという代物。うーむ、あの表情と1年過ごすのか。こちらの忍耐と愛情の強さが試されるってか。
はい、チームに対する思いと一人の選手のへの想い入れ、そのそれぞれは片や小学生のころから、片や20年以上前から承知してますから大丈夫……です。85年の25番への想いがこういう“文脈”で生きてくるとはな。その成績により天国と地獄を、そして晩年襲ったアクシデントによりただただ一人の選手のプレーを目にすることができるか否かの幸福と寂寥、苦悩を教えてくれた彼に改めて感謝。また解説としての姿にお目にかかれることを楽しみにしています。
甲子園の試合で能見の好投を彼に語ってもらえるときに立ち会えたらどんなに幸せだろう。だって、彼が解説のときに能見が好投というだけじゃなく、その試合を私が見られるかどうか、これらの条件がそろうって結構大変かもしれないもの。
「NFK」云々は置いておいて、何はともあれ能見のステップアップに期待。いよいよ球春ですねぇ。

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