アンディ・サーキス

先日、ケーブルテレビとつながっているチャンネルをつけっ放しにしていたらP・ジャクソンによる「キング・コング」スタッフに対するインタビューが流れてきた。正式に契約してはいないから、おどけでないタイムラグがある古いプログラムが流れてきてもしょーがないわなーと思いながら眺めていた次第。N・ワッツは、リアルに演技できたのもキング・コング役としてアンディがいてくれたからみたいなことを言っていた。ふーん、CGだけでなく“人間が演ずるキング・コング”も活躍させていたのかと、作品を見ていない自分はそれぐらいにしか受け止めず(でも同監督の「乙女の祈り」はかなり好き、「ブレインデッド」はもっともっと好き、大傑作だ)画面から目を離し瑣事に追われていた。
とTVに目を向けると、何と“彼”がインタビューに答えているではないか、そしてその話の内容からして彼こそアンディらしい。ええ~っっ!彼ってこんなキャリアの持ち主なの!!ネットで検索したら、彼はアンディ・サーキスというそうな。彼との出会いは、「捜査官クリーガン」のシリーズ中でもかなりクライマックスでのエピソードにおいてだ。

昔々淀川氏の、フランスは愛の映画、ドイツはまじめな映画、イギリスは怖い映画をつくるみたいなコメントを目にして、キャロル・リードもヒッチコックも英国人であることも知らなかった当時は、仏と独の作品に対する形容はすんなり納得できたが、英国作品の言及についてははっきり言ってよく理解できなかった。今は、そのコメントがわからなかった自分がものすごくものすごく懐かしく思えるというしかないほど英国作品のうそ寒くなるような怖さ、恐ろしさは認識している。そしてそれは映画だけではない。推理小説としてのおもしろさにばかり気が引かれていたドイル、クリスティ、ディクスンも改めて読み直してみればかなりコワイし、当然ながらTV作品においても同様ということはだんだんわかってきた。見ていてヤな気持ちになるし、それは見終わっても引きずるものだとわかっていても面白い「心理探偵フィッツ」(まずはロビー・コルトレーンのオリジナルとして。米国版のR・パストレッリの“来し方行く末”にもかなり驚いたが)、「第一容疑者」等々、そして「捜査官クリーガン」。
クリーガン、面白い、けど暗い。暗い、けど面白い。形容詞って並べる順番でその重さが異なっくるからむつかしいのだが、フロストやタガートみたいに1話完結にしてくれりゃいいものを、フィッツみたいにもったいつけるクリーガンは、前編を見てしまったら解決編を見ないと何ともおさまりがつかないってやつ。しかも、これまたフィッツ同様、主人公並びにその周囲の人間に事件が影響するという展開で、つらいっちゃかなりつらい。
そんなクリーガンの大団円間際のエピソードで彼を見た。ほかの視聴者はどう見たかはわからないが、私は結構初期の段階で彼こそ犯人じゃないのかと思ったものだが、それはアタリだった。人の心の苦しみを聞き共感してあげるという仮面のもと、他人に耐え難い苦痛を与え、その直前までは上位にあった者に対して、優位な、支配的なポジションに立つことに快感を感ずる犯人役を実に謙虚かつ卑屈に演じていたのがアンディ・サーキスだった。ストーリーそのものの興味深さとともに“ここまでクリーガン本人以外の周囲まで巻き込むか”という重い重いエピーソードなのだが、そこで彼はかなりな存在感を放っていた。

インタビューを見た限り素顔のA・サーキスはかなりフランクな人物のようだ。だからなおのこと、あの犯人役をよくぞあのように忌まわしく演じてくれたものだと思う。ハリウッドに進出とはいえP・ジャクソンはオーストラリア、いやニュージーランドのお人だ。A・サーキスも英国の俳優としての“誇り”を忘れずに活躍してほしいものだ。

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