10色で十分?

何かの雑誌でその存在を知ったんだが、首都圏に居住しておらず、自分とは関係ないものと思っていたボビィブラウンの商品を実際目にしたときはかなり驚いたものだ。それも、デパートとか化粧品専門店でなく、それなりのコスメに香水や今でいうところのサプリにちょっとしたアクセサリーなどを置いているといった、いわばきれいめの雑貨屋さんとして気軽に立ち寄っていたショップにおいてだったので。ちなみに、そこで2回ぐらい買って、うたっている効能については文句はなかったのだがどうも眠くなって困るので飲むのをやめた中国茶は、ほどなくして日本で禁止されているだか認可されていない成分が含まれていたということでニュースで取り上げられ、その商品の映像を見て「ああーっ、やっぱこれってーっ!」と納得したことがある。
化粧品よりも、インセンス購入のためと、不定期に店頭にのぼるなかなか好みのスカーフ類は要チェックだったので特に目的はなくても足を運ぶというお店だった。トニー・タナカとかイル・マキアージュとか今振り返って“へえ~っ”という商品を置いていたのだが、ボビィブラウンが一度日本から消えたとき、それまで扱っていたのがレイジースーザンだったとわかり、さもありなんと。そういえばそこでは、取り扱い注意、ロックについても厳重注意!みたいなアクセ&ライター等も置いていたっけ。また、その後ひょんなことからイタリア語をかじることになった私は、当時耳慣れなさからやけに脳裏に焼きついた音から、てっきりそれはイタリアのブランドとばかり思い込んでいたイル・マキアージュ、全然イタリアものじゃなかったのね。

閑話休題
当時のボビィブラウンのキャッチコピーは、もうよく覚えていないが‘10色しかない、でも10色で十分’みたいなものだった。10色だけだけれども混ぜることによってどんな色も表現可能、みたいなうたい文句だった。よくわかんないけど“へえ~っ”と思ったもんだ。これだけなんだ、でも混ぜりゃいいのか~と。そして、その後長い間にわたって(でも、哀しいことに今はそうじゃないんだけど)自分にとっての‘やっぱこれ♪’という存在になるブラウンに出会う。ブラウンといっても、実際はベージュピンクなんだよね。ブラウンと聞いて通常イメージする色ではない。
そして、それ以上に自分にとって革命的だったのがレイズンだ。自分がラムレーズン好きだったということも小さくない要因だが、店で手にとったとき感じた大人っぽさと、当時5,000円以上した価格がかえって「買ったろーじゃない」という心理的な刺激を呼び起こし、お買い上げ~!家でつけてみてもちょっと暗いかなーという感じは否めず。でも、軽いよりは重めの方がいいという自身の傾向と、ダークだけどいい感じという好みは何よりも優先した。つけ出してその暗さを感じなくなったころ、自身の都合でこきおろしもヨイショもいかようにも部下に接する女性上司に“いいね”と褒められた。会社としていつにも増していろんな意味でごちゃごちゃしていたときだったから、どこまで額面どおり受け取ったものか今でもわからないが、自分が気に入って使用していたリップを“いい”と言われて悪い気はしなかったものだ。
その後5色ふえたのかな、カーネーションとかトーステッドピンクとか。そのときはもうブラウン&レイズン筆頭にボビィブラウン信仰者だったので(かつ、ピンクなど自分に合わない色はさっさと“捨てる”ことができたので)、当初の「10色で十分」みたいなコピーにいちゃもんつけることなく、むしろ歓迎だった。しかしボビィブラウンは消える。もうどうしようと思った、あのブラウンを使うことができなくなるなんてと。

数年後、日本再上陸することがわかったときは嬉しかった、しかもリップカラー3,000円台とな。昔の値段は何だったんだという文句も、またブラウンを使えるという喜びを前にしては問題外に等しかった。しかし、アイメイクとか基礎についてはともかく、口紅に関してここまで多彩に展開してくれるとは思いもよらなかった、色はもちろんテクスチャーに関しても。当初「10色で十分」とうたっていたことと現在の違いについて問われたら、ボビィブラウン女史は一体どんな説明をするのかな?当時のマット全盛時からは今日のキラキラ・テカテカぶりなんて想像もつかなかっただろうとはいえ、それにしたって現在のラインナップを目にしたら、昔々のポリシーを忘れられない者からすれば隔世の感余りある……んだけど、こちらが“おおっ”と思えるような素晴らしい作品をクリエイトしてくれれば何も言うことはないってこと。今後の新作に乞うご期待というところ。
ただし、お願いしたいこともあります。売れ行きがよくないからって簡単には廃番にしないでください、それこそひょんなファンがいたりするものなんだから。

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