シンクロニシティ…?

夕食をとりながらなぜか頭の中にいっぱいになっていたのは、“子供が生まれて「ああ、これで自殺できなくなった」と思った”という山口 瞳のエピソードだ。きっと、前日までソガ隊員の生死を必死になって調べていた影響もあるだろう。

エラリー父子にとってベリエは満腔の信頼を寄せられる存在なら、芥川は私にとって一も二もなくよりどころたる存在。が、ただ一つ立ち止まらずにはおけない点がある。それは、自死については前記のスタンスの方がより自分に迫ってくるという点だ。子供たちがある程度大きくなっていたならまた別なのだが、そして山口 瞳のエピソードを知らなかったらそう感じることもなかったんだろうが。自死は芥川のごく自然の帰結、また、もともとの内的要素に加え決して軽くない外的重荷がかぶさってのことと十分理解できるのだが、「侏儒の言葉」が座右の著なら、それを知った日以来、例のエピソードは左側の付箋といったところか。

などと思いつつネットを開いたら、何とクリス・ペン急死の報が……。「他殺ではないようだ」の言葉に、それまで頭の中を漂っていたことからすぐさま自殺を考え、彼って結婚してたかしら、小さな子供はいないかしらとひとりで焦ってしまったが、彼の体格は何らかの身体上のアクシデントはいつ起こってもしょうがないものではあるよねぇ。
ピアソラ絡みで“マッテオ・カラーティ”についても思いを馳せていたばかりで、いろんなこと思うのは勝手としても、好きな存在の実際の訃報がかぶさってくると、こんなことが起こるんだったら自分がかわりになるのにと思わずにはいられない。C・ペン、本当に残念です。

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