“TI AMO PAGLIUCA”

セリエAの試合の前の日にスタジアムに行った。ほとんど人通りはなく、とっても静かなたたずまいに趣を感じさせるレンガの外壁。道路を挟んだ広場にはこじんまりした市場。野菜に果物、お花、ちょっとした雑貨もあった。ちょっと見、おいしそうに赤く熟したイチゴ、近づいてよく見ると熟し過ぎでやばそうというよくあるパターン。ご近所らしいおじいちゃん、おばあちゃん、そして子供を連れたお母さんがやってきていた。すごーくのんびりしてて、いい感じ。

そんな中でサイコーだったのはスタジアムの壁にあった「パリウカ、愛してる」の落書きだ。いやあ、こういうのって万国共通か。それ以外はとってもクラシカルな雰囲気だっただけに妙にインパクトがあった。“あーあ、こんな落書きしちゃって”という苦笑まじりのやれやれ感と、“いいなー、あたしも書きた~い”といううらやましさとどっちが強かったって、当然後者だ。負けずにもっとでっかく書いちゃるのにーってな対抗心がやにわに芽生えたりして。スプレー持ってくればよかったとそのときは本気で思った。さすがに日本語で書くのはよそうと思ったが(そこまで考えてどうする)。もちろん目的語は違うけどね。
パリウカってしゃべるとき何だか口がフガフガしているんだよね、入れ歯の合わないおじいさんみたいに。三橋達也入ってるぞ。

翌日スタジアム内から見下ろした広場と通りは、とても同じ場所とは思えない様相を呈していた。通りは人であふれ、広場はスクーターで埋め尽くされ地面も見えないくらい。前日ののんびり感がうそのよう。一体どこからあれだけのスクーターが湧いて出てきたのか、きのうはどこに隠れていたというのか、とにかくすんごかった。“ハレ”と“ケ”ということを思わずにはいられなかったけれども、そういうのともまた違うのだろう。これが、観戦に来る人々にとってもスタジアム周辺の住人にとっても日常なんだ。立派な日常なんだ。実に幸福な日常だ。

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