ぐれた

アクセスカウンタ

zoom RSS 「ウルトラセブン」と「赤い風車」と「ジェニーの肖像」と

<<   作成日時 : 2010/04/11 22:01   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

先日、ラジオから「赤い風車」が流れた。私の中では映画「赤い風車」は「ジェニーの肖像」とある点で直結する。

私はあらゆる面でテクニカルなセンスがゼロ。技術や手法に関して疎いというレベルではなく、とにかく想像から実践までセンスが皆無、全く欠けている。
自宅の車庫入れだって、何年たったってどうか無事に入れられますようにと毎回祈りながらの必死の作業だ。そんな私のハンドル握っているときのモットーは、「運転はメリとハリ」、そして「前の車が進まない限り進めない」。

閑話休題

撮影技術についても同様。
その昔、ぐちゃぐちゃした色がぐるぐる回るうちに「ウルトラセブン」の文字になるのが不思議で不思議でたまらなかった。あるときたまりかねてその疑問を口にしたら、兄弟がいとも簡単に一言、「逆回しだよ」。そんなこともわからなかった自分のばかさ加減にあきれたこともさることながら、そういうアイデアでもって人を魅了する(少なくとも私はすっかり魅せられていた)映像が創造されていることに感動してすっかり固まってしまったときのことは昨日のことのように覚えている。

「赤い風車」は言わずと知れたロートレックを描いた作品で、脚の発育が停止した少年の体に顔は主演のホセ・ファーラーという姿が登場する。
そして、「ジェニーの肖像」。主人公の前に最初ジェニーは少女として現れる。体は子供で顔がジェニファー・ジョーンズなのだが、まず違和感がない。主人公のジョゼフ・コットンと並んで歩くシーンもあるが、確かに子供なのだ。
ロートレックといいジェニーといい、一体どうやって撮ったのだろうと今でも思う。映像を重ねたりしているだけで、それこそ逆回しのように大そうな技法ではないのだろうけれど、センスゼロの私には、違和感のなさ、そしてその不思議さは何年たっても感動ものなのである。CGで何でもありとなった現在では、その“一体どうやって撮ったのだろう”という思いそのものが貴重になってしまった。
本当にどうやって撮ったんでしょう?

「ジェニーの肖像」は、初めて見たときの状況などいろいろ相まって、大切過ぎて何度も見られないという一本。そういう作品と出会えて幸せだと思う。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
「ウルトラセブン」と「赤い風車」と「ジェニーの肖像」と ぐれた/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる