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zoom RSS 日影丈吉「ねじれた輪」−ある全集を読むA

<<   作成日時 : 2009/08/17 11:56   >>

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『推理小説のにおいのない普通の小説で、推理小説が書きたいというのが氏の念願だが、それを達成した稀有の作家の一人といえよう。』という「日影丈吉傑作選T」(社会思想社現代教養文庫)の中島河太郎のあとがきの最後の一文にある作家を思い起こし、「傑作選U」収録の「ねじれた輪」でその作家の作品をもっと読みたいとの思いが無性に募った。それが木々高太郎全集を読むことになったきっかけ。

主人公の医師は、一人の患者に関し保険会社調査員の登場で彼にまつわる“事件”にかかわることになる。そして、彼の心理にある仮定を立てることで事のてんまつを推理する。一見事件とは結びつけがたい患者の主訴から意識の下の心理に分け入るという形式は今では定番の一つ。木々を想起していただけに、形式が大心池先生ものと同じなだけに、オチのつけ方というか、落としどころの空気の違いが沁みた。
好悪や優劣ではない、違いが沁みたのだ。医者の仮定を聞いた調査員の反応、またそれを受けての医者の胸中、そしてラスト、ここを覆いくるむ空気は木々作品とは別の世界のもの。これが2人の違いのエッセンスなのだろうと大風呂敷を広げてもいいなと思ったくらい。    

日影丈吉の作品には「しゃばっけ」という言葉が浮かぶ。辞書には現世に執着する心とか世俗的な名誉や利益を求める心などとあるがそういうものではなくて、どう表現すればいいだろう。現代教養文庫のそでには、『氏の作品は多様であるが、そこに通底するリアリティには独自のものがあり』とある。それにプラクティカルという言葉も添えたいといえばいいだろうか。幻想的、時に悪夢的であるのに現世的。夢かうつつかの境地に引き入れておきながら、処世、「しゃば」の営みというものとつながっているところが日影作品の不思議さだ。

ラスト近く、気の留まるフレーズがある。『わたしは森の大人っぽい自尊心に同情できた。』
森とは調査員の名前。ここの『大人っぽい』とは、道義的・倫理的に分別をつけているという意味よりも、「しゃば」のありようを十二分に心得ているということなのだ。『自尊心』は、自身の人格に対するプライドではない。作品中明記されてはいないものの、ベテランらしい嗅覚を持った調査員の職業人としてのプロ意識だ。そしてそれに『同情できた』とくる。感心や敬服ではない、『同情』だ。職業柄、嫌というほど、あるいは嫌と言いたくなるような世間を見てきた森の考えに主人公は共感しているのだ。いたわりや気の毒と感じるという要素はここでは置いておいていいと思う。共に自分の思いとしているという意味での同情だろう。
そういう含みでのこれらの言葉の使い方は木々はしないだろうと思った。そのフレーズの意味するところを理由としての幕引きもしないだろうと思った。

日影作品に欠かせない形容が「郷愁」だ。あふれる郷愁、なのに『通底するリアリティ』。幼年期を、古き時代を現在から振り返る視線は繊細かつ冷静。土着性や懐古性と『大人』の“乾性”を同時に存在させながら、人間心理の謎という暗闇に月光を射しかけるような作品を物した作家が冒頭引用の称賛を受けるとき、私は木々を思わずにはいられなかった。

全集を読み、若き日の抑圧・呪縛とそこからの解放というモチーフを執拗に繰り返す木々を知った。高邁な理想を掲げた彼が、後に「永遠のドンキホテ」と自らを記してもいた。
呪縛は、実は甘美だったのに違いない。解放は、拍子抜け感満溢ながらも存外な平穏をもたらしたのかもしれない、後悔よりも何よりも。だから、呪縛と解放、その行程を繰り返し描く。きっとその行程そのものが甘美だったのだろう。彼は、齢を重ねた存在として現在から振り返るのではなく、その時点に身を置き甘美さを繰り返し味わっているような気がする。彼の作品からあふれるのは往時のままの熱情だ。

多彩な、余りにも多彩な「しゃば」での経験を持つ作家の『大人』の乾性と感性、そして彼への賛辞に、象牙の塔にて学問にも文学にも青臭いまでの理想と情熱を抱き続けた「永遠のドンキホテ」の読者としてはちょっとうつむくしかないが、うつむきながらも作家木々の個性を改めて実感し微笑んでもいる、苦笑まじりだけれども。

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社会思想社現代教養文庫の「日影丈吉傑作選」(T〜V)は、あとがきがいいです。
Tの中島河太郎に続き、Uは中井英夫、Vは草森紳一と豪華。「ねじれた輪」の冒頭の文章についての中井英夫の言及もまたいいです。

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