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zoom RSS 「青髭が若しその七人の妻の死骸を」−ある全集を読む@

<<   作成日時 : 2009/07/25 02:19   >>

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以下は、「青髭が若しその七人の妻の死骸を」と題する詩の全文引用です。
青髭が若しその七人の妻の死骸を、
七重の櫃(ひつ)、螺鈿(らでん)の扉に封じていたのであったなら、
彼はフェミニスト、そして、ロマンチストでもあったのだ。

若しまた塩ふりかけて喰いつくし、
骨だけ残して置いたのであったなら、
彼はヴァムピール、そして、レアリストでもあったのだ。
或いは七人の女を股から割いて、
ねじり縒(よ)って七本の蝋燭のように立てておいたのであったなら、
彼は孤独なるもの、そして、サディストでもあったのだ。

若しまた、女達の素足の蹠(あなうら)をそろえて、
わが夜毎の枕としてその頭をやすめていたのであったなら、
彼はセンチメンタリスト、そして、マゾヒストでもあったのだ。

ところが伝説の彼は、どうしたのであったのか。
彼は七人の妻の死骸を、ボロ布(きれ)のように汚れたままつるしておいた。
そこで彼は単なる俗人、殺人者でしかなかったのだ。

さてさていろいろな人間、いろいろなイストがある。
己はそのいずれでもあるし、またそのいずれでもないから、
わが女よ、お前を(殺さないで)、抱いてねるだけなのだ。
                       ※最終行を除く括弧内は原文ではルビ
作者は木々高太郎。晩年、2冊出版された詩集のうちの第一詩集「渋面」の一篇である。てっきり「じゅうめん」だと思っていたら、「しぶづら」だった。

木々高太郎、本名林髞(たかし)とは伯父・甥の関係にあると「木々高太郎全集」(朝日新聞社)の月報に寄せた林光の文章で知り、びっくり。木々の詩について林光が『しろうとの私からみても(中略)なりふりかまわぬといったものであった』(月報より引用)と書いているのを読み、一体全体どんなものなのかと、随筆や詩を掲載した全集の最終巻を開いたときは“興味余って不安百倍”状態だった。

……まさしくなりふり構わないものだった。
情熱と理想の人・木々の文学の出発点は詩。大脳生理学者として、探偵小説作家として活躍しながら、なお心の奥底にあった詩人としての自己実現と自己解放が炸裂している。思春期におもむろにつけ始めた日記のようなものや島崎藤村風のものもあれば、遺稿詩篇中の一つはまるでロマン・ポランスキーの「反撥」。
親交のあった金子光晴をはじめとする“本職”の詩人の彼の作品への言及、評価は、よく言えば「長い時間と広い世界に委ねよう」、簡単には「おれに言わせないでよ」という空気がありあり。林光の『なりふりかまわぬ』の言葉が最も率直で、だからこそ最も温かいように思う。正直、自分が詩に疎いことを幸いを感じたりもする。
それでも、彼の情熱は私にとっては敬意を抱く以外のなにものでもないことを表するため、これを書いた次第。引用の一篇は、青髭のそれぞれの禍々しく美しい所業の描き分けに、そしてそれに増して木々の思いの現れるイストの立て分けに、立ち止まらずにはいられない。

なお、著作権上問題がある場合はご指摘ください。速やかに対処いたします。

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