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zoom RSS 玉川カルテットと大江千里と私

<<   作成日時 : 2009/06/20 06:55   >>

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「街に通じるこの道はどこまでも果し(ママ)がない。私はのろのろと歩いて行く。(中略)私の足がふくれ上り、私の靴が重たくなり、私は現在の上に身動きもせず立っている。そして私はのろのろと動く。」(福永武彦「世界の終り」より)

「のろのろ歩く」という表現とは縁遠い子供だったが、現在は違う。
幸いにも会社に早く到着する必要性がないときはすたすた歩くことはやめた。とりあえず、すたすたがせかせかと結びつく間は。
ベガルタの関口は黒い髪の方が似合うから髪の色を戻してくれないかなとか、阪神や能見のことを思ってぼーっと歩くこともある。
一番は何といっても歩行の安全確保のためだ。片方のひざの悪さと加齢による身体能力や反射神経の衰えが相まって、車の出入りのために設けられた歩道の勾配なぞは要注意中の要注意。もちろん必要性はわかってる。ただ、私には注意してし過ぎることはない代物。進行方向に対して左右に存在する勾配を私はのろのろと歩く。そして、ひざのためなんでしょう、見事に片足だけ、見事な外反母趾&内反小趾。街の中で痛み出しても、仕方がない、自分が動くしかない。もう今は人目を気にすることもなく、のろのろと歩くだけ。

ひざを痛めたのは、1週間のスキー合宿に備えての体育の授業で。今思うと、すごかったとはいえ一度の衝撃でそうなるのか疑問だけど、軟骨がすり減ったとの医者の診断。痛かったらまた来いと言われ、どうしても痛いので翌日行ったら「きのう来たばかりだろう」と怒られた。
それから4カ月後、合宿本番。それなりに良くはなって特別問題なかったので不安も何も思っていなかったら……初日の夜中に痛み出した。テーピングしてもらったものの、予想外の痛み。参った。でも、全く滑れないわけではないし単位のためだし(“見学”でもくれたとは思うけど)、残り6日間、耐えました。

そのときゲレンデにしきりと流れていたのが大江千里の「コスモポリタン」。ほかの曲ももちろんかかっていたはず。でも、こればかりやたら聞こえてきた。ずっと痛さをこらえている身には、彼のせらせらしているのにウエットな声とあの“コスモポリ〜タン♪”という独特の哀愁こもったリフレインが切なくて切なくて。イントロも哀しくて、本当にどうしようもなかった。

私はこの先、ますますのろのろと歩くだろう、心身の安全のために。
ただ、湿気や寒さの時期にはこう思うのは今までもこれからも変わらない。「金もいらなきゃ女もいらぬ、あたしゃも少し背が欲しい」ならぬ、「金もいらなきゃ男もいらぬ、あたしゃも少しひざの軟骨が欲しい」ってね。

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