ぐれた

アクセスカウンタ

zoom RSS 拳闘はお好き?

<<   作成日時 : 2008/03/27 21:50   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

先日、うつらうつらしながら聞いたNHKラジオ深夜便の深夜便アーカイブス、3月は「朝の訪問」。
拳闘(!)が好きというゲストの中川一政、『下手なのは残酷なばかりだけど、上手いのはすかっとする』みたいなことを言う。それに続いて、“中川先生のような芸術家が拳闘なんぞをお好きなんですか〜、へえ〜。わたしはちょっとねえ”の空気ありありの聞き手(たしか尾崎士郎)はこうきた、『拳闘はとどめを刺すでしょう、武士の情けがない…』。

人が殴り合うんだから、残酷なのは当然だ。それには、上手い下手、レベルの高低は関係ない。試合を見てすかっとする方が残酷じゃないか。“そこだ、倒しちゃえー!”とか“あ〜、おもしろい試合だった、満足”なんてよく思うけど、それが残酷であることはわきまえているつもり。
そして、ボクシングにそれ持ってこられてもなぁの『武士の情け』発言。むしろ、とどめを刺すべく死力を振り絞るのが、相手を倒すのに全力を傾けるのがボクシングでの“武士道”だと思っている。

現在私たちが見ている競技としてのボクシングは、殴り合いまたは倒し合いであって殺し合いではない。そのことを考えるたび思い出すのは、試合後の相手の死亡というアクシデントから立ち直れなかったラファエル・ルエラス(兄弟ボクサー、ガブリエルの方じゃなかったよね?)だ。立ち直ってまたリング上で輝きを見せたら、それはそれで喝采を贈ったろう。が、そうならなかった彼の現実にどこか救いを感じているのも事実だ。

狭い空間で拳でによる打撃のみ、その不自由さ・シンプルさがボクシングが好きな一番の要因だ。それだけに、グローブの限られた部分、ナックルの白いところで相手の限られた部位を打たないと得点にならないというアマチュアボクシングのルールを聞いたときは、さらにとんでもない、めくるめく不自由さにクラクラしてしまった。アマチュアボクシングって凄いぞ!

『ありましたね、拳闘と柔道と』。はっきり聞き取れなかったんだけど、この異種格闘技戦への認知を表すフレーズには“あら〜、中川先生、ほんとに好きなのねぇ”と思わず尾崎士郎側に回ってしまった。

大晦日、所英男が田村潔司にほとんどフライングで張り手をかましたときの“これはいけない”という感覚が忘れられない。所の尋常でなさ、平常心の無さは素人目にも明らかだった。張り手という行為そのものは全然ノープロブレム。でも、あのときの所の“よろしくなさ”は本当に忘れられない。
夏あたりから、阪神の失速はじめ自分の肩入れする対象はどうもくうまくいかなかった。そして、所の敗戦は、新年を迎えるに当たってのその流れの締めではなくプレリュードだったのだと思わずにはいられない現在だ。だから、自分がホルヘ・リナレスを応援するのはやめた方がいいんじゃないかと思ったりもするが、そんなことできるわけがない。困ったな。

5月4日はデラ・ホーヤ戦。アルツロ・ガッティの最後の1試合、なくてもよかったかなあ…とも思うだけに、最初にこの情報を聞いたときはこの期に及んでの感も禁じ得なかったが、ジョーさんだった?浜田さんだった?この試合の先を見据えてのようなことを言っていた。おおっ!さらに先があるのか!
引き際に対しては、多分、きっと、間違いなく100%掛布雅之と同じスタンスの私。すっぱり型にはシンパシーを、ネバーギブアップ型には自身が持たざるものへの敬服を覚えるわけだが、トランクス姿でリングに上がるからには、“いろいろお金も絡んでリングを下りられないんでしょうね”なんていう勘ぐりを木っ端微塵にしてほしい、デラ・ホーヤ!

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
拳闘はお好き? ぐれた/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる