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zoom RSS アガサ・クリスティ「崖っぷち」

<<   作成日時 : 2007/09/02 15:18   >>

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8月28日の記事の阪神・能見の「崖っぷち」発言への愕然は、“そこまで言わなくていいよ…”の思いとともにもう一つ理由がある。その2日前、「崖っぷち」というタイトルのクリスティの短編を読んだばかりだったのだ。

イメージも音もシリアスな「崖」にそれをナンセンス化するような促音&半濁音が続くその響きは残酷な滑稽を漂わせて、便利な表現ではあるけれどもしんどい言葉だ。諧謔ならともかく、嗜虐のフレーズがこんなにひっぱりだこになるのはちょっとつらい。

そんな「崖っぷち」という言葉が否でも応でもなすりつけられるこの作品、早川書房「マン島の黄金」に収録だが、あとがきに1927年2月に「作者の病気とミステリアスな失踪の直前に執筆された」というコメントつきで発表されたとある。失踪は前年の12月。病的にまで至る心的葛藤・確執がうかがえる。
ヴィヴィアン・リー、ハヴィランドという名前が使われるのも、遊び心ではなくなりふり構わなさのように感じた…って、改めて調べると映画「風と共に去りぬ」は39年公開開始。執筆当時はV・リーもオリヴィア・デ・ハヴィランドも映画デビュー前らしい。では、その名がそろって登場というのは偶然?

地に足のついたシニカルさはクリスティ独特の味わいだが、ここの足元はかなり歪んでいてアブナイ。登場人物それぞれのエゴが非常に嫌な感じで、読後には救われなさが渦を巻く。でも一番ぞっとするのは、主人公の心理をたどっていくと自分がそれにうなずけてしまえること、全うに思えることだ。

その浮遊感、遊離感がいじましいシャーリィ・ジャクスンが描くヒロインは、初めから地に足がついていない。彼女たちなら“崖っぷちを越える”ときも少なくとも真っ逆さまに墜落することはないが、主人公クレアのように「みずからを良心的に律し」てきたという自意識が強ければ強いほど、落下の速度は速いんだろう。足元の大地がなくなれば、それまで地に足つけさせてきた重力はそのまま垂直落下への力だ。

クレアへの嫌悪感はクリスティが残したハザードマップか。
“崖っぷち”は身辺のそこここにある。

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ヴィヴィアン・ウエストウッド
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