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zoom RSS “嫌いじゃない”ピーノ・ドナッジオ

<<   作成日時 : 2007/08/06 00:30   >>

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見てもいないのに買ってしまった「トラウマ 鮮血の叫び」のサントラは、ドナッジオ調全開だ。
ネットのレビューで評判が非常によろしくないのは残念の一言。ドナッジオは嫌いじゃないから。というより、好きだから。

映画のためにつくられた音楽はその中で鑑賞するのが第一義だけど、今回は「○枚以上で○%引き」に負けた。買い物のメーンは「マルホランド・ドライブ」。バダラメンティ、ドナッジオと聴いていくと、なぜ“嫌いじゃない”なんていう前置きなしに“好き”と言えないのか、そして、なぜ好きなのかわかるような気がする。

「美しくて恐い」という大項目は同じにせよ、暗闇の中、唇の端で笑うバダラメンティとどこか一点見つめつつ悲しむドナッジオ。
期待するとおりに不安にさせてくれて慰めてくれようとするドナッジオには、真面目さ、人のよさを感じてしまう。猥雑であざといバダラメンティと並べたとき透けてくるのは面白みのなさという言葉で、どうしても引け目が生まれる。蠱惑的なディープさのバダラメンティ。自らの狂気を自ら楽しむ世界に魅せられるのを引き止められない。妖しくて人を食ったバダラメンティよりも妖しくなくて人を食ってないドナッジオは劣っている、という悲しい自覚が“好き”の前にワンクッション置かせる。

でも、そこが好きなんだと思う。
けれんみたっぷりであることが魅力に必ずしも結びつかない、自分にとってドナッジオはそういう存在だ。“何とか美しい曲を生み出したいと思ってつくったんだろうな”という旋律に単純に安らぐのは、美しい曲、そして単純に安らぐことを必要としているから。ポイントは後者だ。

WOWOWで古谷・金田一の「本陣殺人事件」をオンエアしているが、頭の中で電球が光った。高沢順子の鈴ちゃんがバダラメンティで西崎みどりの鈴ちゃんがドナッジオみたいだなと。

“劣っている”所以がまさに私をとらえるドナッジオ。引け目や悲しい自覚を映し出したのは自身を映す合わせ鏡だけれど、似ているから嫌とならずにシンパシーを抱いているところからするとどうやら本当に好きなんだろう。

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