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zoom RSS アヤラ・バー

<<   作成日時 : 2006/08/23 22:19   >>

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友達の友達がコレクターだということで初めてショップに足を踏み入れたミハエル・ネグリン。“ミハイル”と思い、即シューマッハと結び付きずーっとドイツ系というかゲルマン民族系のデザイナーによるものと勘違いしていた。
いつの間にか消滅してしまったうちのまちのショップで買った指輪の一つは、はめている当人にしかわからないささやかな貴婦人の横顔が描かれている。その横顔はどう見てもパブロ・セサール・アイマール似。ということでいつでもどこでもはめていたおかげで、とうにメッキははげ、指の内側の金具はつやつや銅色、金気くささが指にうつるという現状だが、アンティーク調が持ち味だし、相談しようにもショップは地元にないということでそのままにしている。なにはともあれ、何とも愛おしいアイマールの面影がいつまでもそばに居続けてくれることが一番です。

「やっぱミハエル・ネグリンより東洋的だわ」と勘違いしながら、装飾性もほどよいということで好きだったアヤラ・バー。
気がついたら、これまた消滅していた。ネットで検索してみても、直接商品を見ながら購入できる店舗はどうも現在日本にはないのかも。残念。基調の色ごとに美しく仕分けされた売り場を見るだけでも幸福感にひたれたものだった。値段も手ごろで本当によかったのになー。

ちょっとした集まりやパーティーでほかの人との差別化をってなものよりも、ルーチンには机回りから床下の掃除にお茶入れ、茶碗洗い、何でも含まれますという日常において、そういう“お仕事”をしているときやキーボードを相手にしているときでも邪魔にならず、かつ自分で自分(だけ)を楽しませられる存在、自身へのご褒美&エール&叱咤を望む立場としてはいつでも身につけられるような気軽な綺麗さが嬉しかった。

別にいつでも買えるとのん気に構えていたらなくなっちゃうんだもの、そうとわかってたら思い残すことないようにしてたんだけど。今ネットで検索にかかるのはそれなりにデコラティブでそれなりのプライス。店頭に並んでいたものは、そのカジュアルさ・お手ごろ価格からしてまた違うクラスだったんだろう。そして私はそういうラインナップが好きだったんだ。

幸福に鷹揚に店先で眺めていたアヤラ・バー。手にできなくなってから存在の大切さを思い知るというパターンの見事な典型ですね。

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