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zoom RSS 「所萬遊記」で所&前田を見る

<<   作成日時 : 2006/07/13 21:00   >>

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うちの地方でのオンエアはどのぐらいタイムラグがあるのかわからない「所萬遊記」。見るたびに感じさせられずにはいられないのは、“三村、本当に愛されてるよなぁ”だ。

前田をこんなに長く見ることができたのは、何年ぶりだろう。そりゃあ年とったけど、目のたれぐあいとか、何言ってるんだかよく聞き取れない、でも伝えたいことはいっぱいあるというしゃべり方とか、ぜーんぜん変わっていない。昔のまんま。ラベンダーなしで一挙にタイムスリップできちゃうなーと思っていたら、数秒流れたBGMでさらにさらに懐かしモード全開になる。ひゃ〜、懐かし〜と感激しながらも“こりゃ別の選手のテーマだろ”とツッコミながら頭に突如甦ったのはその曲のタイトル。何とかかんとかエスペランサだったんじゃないかな?

実は、見ていたときは何となくタイトルまで甦ってきたそのフレーズも、これを書いている今現在は思い出せない。もう忘れちゃった。そのぐらいその曲は忘却の彼方に位置しているということ。

“流すんならちゃんと前田の曲を流したら〜”と思いながらも、実際、同様に数秒流れたときには驚いた。おおおっっ!「キャプチュード」だぁぁ!!
前述の何とかかんとかエスペ…とは対照的に、“忘れる”なんていう言葉とは無縁に今でも時々無意識のうちに頭の中に流れる「キャプチュード」。脳みその中で繰り返されるよりは、やっぱ実際の空気振動として外界から感じるのは違うなあ。いいなあ。「犬神家の一族」の「愛のバラード」は、メーンのモチーフの美しさはもちろんのこと、前奏部分も万人に一度は聞いてほしいと言える実にすばらしいフレーズだが、「キャプチュード」も、嵐を予感させるかのごとき禍々しくも静かで美しいしょっぱなから聞くのといきなりメーンのみ聞かされるのとでは、その魅力はけた違い。会場のざわめきと対峙するような張り詰めた静けさの冒頭部分が流れる中、スポットライトが浮かび上がらせるのに遅れまいと入場する前田の姿を探した数秒間は、自分にとっては永遠に幸福な時間である。

所、お兄ちゃんと真似していたのはリングスなのか、そうか。
……幸せだよねぇ、所。あこがれの人に直接教えを受けられるなんて。でも、“いくらあこがれの人だからって、今さらそこまで緊張するなよー”という方向に思えちゃうその天然ぶりといったら、あっぱれを何枚あげても足りない。
勝ち負け云々はもちろん、自責点とか防御率とか、挙げ句は出てもいいシチュエーションなのに登板なかったとか、日頃ものすごーくセンシティブにご贔屓選手のウオッチングをせずにいられない我が身にとっては、敗戦を笑いながら分析する前田&所師弟のツッコミどころ満載さに、そのポジションの違いは重々わかっていても涙が出ちゃいそうになる。能見、がんばれよ。ずっと見てるから。

“武勇伝”を語るときの嬉しそうな様子も昔のまんまの前田。本当に言ったのか言わないのか知らないけど、30歳を間近にしたあたり、活字メディアでさも前田が引用したがごとく「30過ぎた人間の言うことは信用しない」みたいなフレーズが躍っていたのを本人は覚えてるかな。だれかが信用できたり“大人あるいは“子供であったりというのに年齢は全く関係ないって、今の前田自身が体現している。そういう前田を見られてやたら嬉しかった。
能見、がんばれよ。ずっと見てるから。

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