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zoom RSS 「エラリー・クイーン」♯エピロ−グ

<<   作成日時 : 2006/01/29 19:29   >>

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先日、本棚の大整理をしたら想定外の本が出てきた。
エラリー・クイーンといったら、自分が購入したのは国名シリーズとクイーン編の「ミニ・ミステリ集」だけと思っていたのだが、本棚から「生者と死者と」が出てきたのである。ひえ〜っ、全然覚えていませんでした。もちろん中身についても初めて手にするのと全く等しく、「一粒で二度おいしい」はアーモンドキャラメルの名コピーだけど、TVシリーズのイメージもインプットされた今となってはさまざまな楽しみ方ができてしまいました。

TVシリーズのそれまで自分が抱いていたものよりも軽いエラリー像に違和感を持ったので、手元の国名シリーズを再読しなくてはと思っていたのだが、この作品は後追い確認をするのにうってつけだったかもしれない。井上 勇訳の創元推理文庫、もはや貴重となった、今では放送禁止、文字にするのもかなわないだろう表現満載というか、そういう言葉でもってしかあらわせないキャラクタで固められている中、エラリーもそんな人物・空気に合わせてか否か、何とも危ない橋を渡る。ここでは私が持っていたそれよりもTVシリーズのイメージの方に近く、“クイーンってこういう作風もありだったっけ?”とのっけからつまづいてしまった、寓話性とエラリーの引っかけが描かれる第1回目と連結する。作品中の「長い手足」なんていう描写もジム・ハットンとスムーズに結びつき、自分の中でTVシリーズ「エラリー・クイーン」とクイーン作品の円満なる“握手”が無事成り立った感じ。

が、誰よりも何よりもベリエだ。幸か不幸か事前のイメージが全然なかったため、映像と文字の媒体間での違和感を感じようもなかったベリエ。本での表記は「ヴェリー」。TVの役名表記もVから始まるからその方が妥当だろう。文中、グレート・デン(デンマーク系なんだそうな)と形容されたり、1人で5人の相手をやってのけたとか、その巨体&屈強ぶりに随所で言及されるのだが、TVでの彼のありようとばっちり合致する。それまで抱いていたクイーン作品及びエラリー像とのギャップによりTVシリーズにのりきれないでいる傍ら、“ベリエ”の誠実と剛勇の変わらなさはストーリー上もシリーズ上も私に安心感をもたらしてくれていたわけで、改めて彼の存在に感謝という気持ち。
それは、角川映画の「読んでから見るか、見てから読むか」というコピーがいかに大きい意味を持つか、真理を突いたものであるかの証左だとも思う。

それにしても、現在ではヤバい表現ばっかしのこの作品、今はどんな訳になっているんでしょう。そこらも正直興味津々です。

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