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zoom RSS 「エラリー・クイーン」♯12(ネタバレバレ)

<<   作成日時 : 2005/12/26 20:23   >>

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おおっ、ドナルド・オコナー登場です!!が、実は私にとっちゃ彼よりもアルマ・バンダインという役名の秘書を演じたリンダ・デイ・ジョージが気になってしょうがない。検索すればいろんなところで活躍しているから見た顔なのは当然なんだろうが、どこで見たのか全然思い出せない、想像がつかない。隔靴掻痒。
トム・ボズリに至っては、「ダウリング神父」が今同時並行にオンエアされているので、“あら、ここにも出てきたのね”と。彼の憎まれ役ってある意味貴重かな。「ダウリング神父」の声優の迷走は気の毒でした。作品にとっても視聴者にとっても、荒井注・東野英心の両氏にとっても。前々から思っていたことだが、NHKの海外ものに対する一つのこだわりは、主人公の吹き替えに既存の声優ではなく俳優を起用することだ。その始まりとか“味をしめた”きっかけは知らない。コロンボの小池朝雄、マクロードの宍戸錠は物心つく前から既に起用されていた。マクミランの若林豪も同様。長じて、民放でリンゼイ・ワグナー=田島令子ががっちり確立されていたにもかかわらず、NHKで放送したドラマ「過去を旅した女」(だっけ)で彼女を起用せず、ドラマそのものは実に情緒あふれる感動の物語だったにもかかわらず、声の仕事に慣れていない女優の抑揚の感じられない吹き替えのためにひどく興を削がれた経験から、いろんな意味で自分の中ではNHKの吹き替えには要注意マークが。ま、「ブルームーン」の浅芽・荻島コンビのビッグスマッシュあり、ジェシカおばさん、ホームズ、ポワロと見事にはまったときのバッチグーさが余りにも大きいので、失敗の影が薄くて済んでいるというところだろう。例えば…、と名前を挙げるのはよしましょう。でもマーチン・シーンにあそこまで押さえつけた小林薫の声ってのもなぁ…、あ、いかんいかん、そんなことは別にどーでもいいです。ああ、こんなことで文字数使っちゃって。ただただ、トム・ボズリについては「ジェシカおばさん…」でのシェリフ役がすごくよかったよねということと、声もそこでの富山耕生が一番合ってるよねーということです。

前回は死者によって各人が苛められた。死者にいいようにあしらわれる生者。婦人に至っては、死んでいる夫によって死に至らしめされそうになった、殺されそうになった。死者と闘うエラリー。既に死んでいる者は強いぞ、もうそれ以上傷つけられないもの。そして今回エラリーは、独り歩きした彼の分身と対峙し、それを“葬ってやる”と憤ったがゆえに逆に葬られそうになる。が、分身のありようこそ大衆の望んだ“エラリー”であることには間違いないのだ。生身のエラリーを凌駕する創られたエラリーという構図は、このシリーズを見て、それまでの本から受ける彼のイメージとの違いに少なからず、いや、大いに戸惑っている自分にとってはすごく納得できる。受け手は、おのれの都合のいいように提供されたものを解釈する。
今のところこの12回と11回って対になっているような気がしてならない。さきに書いた生者が死者あるいは紙の上の分身に葬られそうになる点とか、当時の暴力&性に対するそれぞれのギョーカイそのものの反応とそこに身を置く個々人のスタンスとか。11回では、大衆の求めるものを提供せんとするおおらかなミューズたちはラスト権力に連行される。が、彼女ら自身の誇りは失われることはない。今回のラストでは、バンダイン嬢は“暴力なし、セックスなし”ということを確かめて安全パイたる動物ものの劇画作家のパートナーに落ち着く、つくり笑いじみた笑顔を見せながら。保身のため、生活のため、顔を取り繕う彼女。いかにも小心ものの恋人とはうまくいくのだろうか?彼女のことだから、自身の欲望の発露先はほかにちゃあんとキープし、とりあえず彼とうまいことやってくんだろうなあ。世の女性、もとい、今の世の人々はバンダイン嬢とヴェロニカ・ヴェールのどっちに一票投じるだろうか?
そしてエラリーも、劇画のスタジオのバイオレンスに満ちた空気に嫌気を示しながらも、ボクシングの試合を見に行くのには乗り気だ。彼は彼なりにバイオレンスのはけ口を求めている、内なる暴力は認めている。T・ボズリ演じる偉大な“カートューニスト”は自らの作品ゆえに命を落とした。エラリーもまた、自分の預かり知らぬところで独り歩きした“エラリー・クイーン”により葬られそうになるばかりでなく、おのれの著作のとおり凶器が隠されていたということで、紛れもない自分の作品により墓穴を掘られる。ここではアームストロングもエラリーも同類項、表裏一体だ。クリエイターがおのれの創造物にいつしか支配されることに留意せよ。そして、のんきな受け手も、こちらが“生命のないはず”の対象に勝手な解釈を加えて楽しんでいるとばかり思っているうちに、つくりものであるはずの存在に心情が、思考が誘導・支配されることに気をつけろってか。

殺害方法からは「オリエント…」が想起される。が、その名を聞いた人すべてがヴァン・ダインと結びつけるであろう「アルマ・バンダイン」、その名前、そのファースト・ネームこそが今回のキーポイント、いや、マクガフィンだ。もちろん劇中の登場人物にとってというのでなく私にとっての重要性という意味において。実体のない存在に苛まれる、葬られるというストーリーにヒッチコック夫人の名前を登場させるなんて、もー、このシリーズをどう見ればいいのかについては、終了後、改めてゆっくり見直すほかないです。
ということで、ミステリチャンネルさん、放映権を持っている間に再放送よろしくお願いしますね。あれほど繰り返し放送し、そして大々々好きだった「CI5」は、放映権がないのかもはや放送される気配は皆無。また見たいと思っても後の祭りですからね、そうなる前に以前の“まっさらな目”とは異なった視線で作品を観賞したいと思っております。

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