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zoom RSS 「デス・サイト」(もちろんネタバレ)

<<   作成日時 : 2005/10/28 23:30   >>

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ダリオ・アルジェント作品をまともに見るのは久しぶり。WOWOWさんの「現代的な設定ではあるものの……、従来の監督ならではのテイストはしっかりと生かされている」のコメントにちょいと期待しながら見る。ただ、“しっかりと”というよりは“それなりに”という言い方の方が適切でしょう。

中身そのものは、それこそ“それなりに”面白いです。でも、「サスペリア」や「インフェルノ」のイメージを追ってはいけません。死体を調べる場面では、彼ならではのグロさは感じつつも、それよりも「羊たちの沈黙」が彼へ与えた影響の大きさを改めて認識させられる。死体から発見した種はトケイソウ科のもの。当然こっちはパッションフラワー、つまりパッション、(キリストの)受難と結びつくのか!との期待を抱いたが、ハズレ。こじつけるなら、犯人のヒロインに対する情熱ってとこですか。

はっきり言って本編そのものはいいんです。見ればだれでもそこそこ楽しめます。ジョンの死に方なぞは“アルジェントならこれくらいはやってくれなくちゃね”みたいなもので。でも、私が最も衝撃を受けたのはラストもラスト、ヒロインがつかの間の恋人ジョンの子供を身ごもっているという連絡を受けて喜ぶさま。もうエンドクレジットがかぶさっているようなところ。正直最近の彼の作品は見ていないからいつからこんなふうになったのかは知らないが、アルジェントにおける“母”といったら、やっぱ「インフェルノ」における3人の母、つまり嘆きの母・涙の母・暗闇の母というように、はたまた「PROFONDO ROSSO」でのそれのように、闇を生む存在であり、(子を愛するがゆえに)“悪魔”にもなれる存在であった。しかしここでアルジェントは、父親はもはや死んでいるのにもかかわらずその子供を宿したことを喜ぶ女性の姿をラストに持ってきている。
これはもう彼が自身の娘たちの成長に心から満足していることのあかし以外の何物でもないだろう。赤ちゃんが誕生したという喜びとはまた違った、その子が見事に才能を発揮した、しかも自分と同じ分野において、という今だからこその感慨が反映されたものじゃないか。そう解釈しないと、かつて「インフェルノ」の3人のマーテルに恐れおののいた自分としてはこのありようの違いを受け入れられない。D・アルジェントは我が子の成長に幸福を抱く存在になっていたんだ。

ジョン役のリアム・カニンガム、何かで見たような顔なんだけど、そのフィルモグラフィーを参照してもぴんときません。それよりも、「PROFONDO ROSSO」の(私の三大ベビーフェースの一人)デビッド・ヘミングスの遺伝子をレモ役のシルビオ・ムッチーノに感じた。こっちが守ってあげたくなるっていう、キャラというよりもマスク、あるよねえ。何だかD・ヘミングスのDNAが受け継がれているような気がしてちょっと嬉しかった。一番の見ものは、死体のグロさと検死医のかなりキテる様子か。彼の出番が少なくて残念。

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