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zoom RSS 「恐怖の振り子」

<<   作成日時 : 2005/10/19 22:29   >>

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3月の記事では「振子」と表記しましたが、実際のタイトル字幕では送り仮名が入っていました。ネットの検索でも「振子」の方が多くヒットするんだけど、本編に従うのが筋でしょう。それにしても日本語は本当に面倒くさい。送り仮名の使い方は定まっていないし、同音異義語のみならず“同音ほとんど同義語”はあるし。

閑話休題。
前回は初めて見たのだったが、その前に「血塗られた墓標」は既に見ていたとはいえ、いかにバーバラ・スティールが自分にインパクトをもたらしたのか3月の感想を読み返すと如実にわかる。改めて見たら彼女の登場総時間はかなり少ないのにびっくり、「恐怖の振り子」=B・スティールみたいに自分の頭の中ででき上がっていたから。が、やはり彼女の容姿は稀有な存在だ。

R・コーマンといえば低予算、低予算とえばR・コーマンだが、低予算といってもどの程度なのか、例えば日本の製作費と比較すると果たしてどんなものなのか、ただただ“幸福な観客”でしかない私は全くわからない。ポー原作ものが低予算にぴったりであることは想像にかたくない。登場人物は少ないし、舞台はごく限られた空間だし。だから、「恐怖の…」にしろ「アッシャー…」にしろ、フツーに見る分においてはセットも衣装も十分満足、堪能でき得るものだ、私にとっては。どちらの作品も調度品なんか文句なくなかなかの雰囲気を醸し出していると思う。もちろん例の振り子のセットもね。また、最初と最後に出てくる、まるで「ウルトラセブン」の冒頭のタイトルの映像を思い出させる、恐らく液体に数色の絵の具をたらしてのタイトルロール&エンドロールのバックもお金かかってないよねー。作品の時代の美術、調度品にこだわり、本編には全く映されることもない引き出しの中身までその当時のものを入れさせたというこだわりの巨匠の存在もこれありだし、実態はよくわからないがもう代名詞となっている“低予算”であれだけ楽しめる作品を生み出すコーマンの存在もこれありというところだ。「X線の眼を持つ男」みたいに現代ものになればどうしたってチープ感は免れないが。彼が制作総指揮の2002年作品の「シェイクダウン」は、「沈黙の戦艦」の巨乳ねえちゃん、エリカ・エレニアックがお久しぶり登場だし、「薔薇の名前」「ロスト・チルドレン」「エイリアン4」の特殊メークなし(もちろん「薔薇…」ではメークしてるけど。してるよね!?)で異形の存在を演じられてしまうロン・パールマンも出演ということで悪くはないんだけど、ものすごーくチープ。特に地震のシーンが。まあR・コーマンということでチープの前に「愛すべき」という形容詞がつき許されるのだが、コーマンの存在なしに今どきああいう映画つくったら“呆れて物が言えない”ってなもんだぞ。

ところで、今回初めて流れている音楽が耳にとまった。なかなか美しいなと思ったら、担当のレス・バクスターは「アッシャー…」ほかコーマン作品の常連であるとともに、何と「血塗られた墓標」も手がけているんだ。へえ〜。(全くの余談だが、先日「スネーク・アイズ」をTVで見た。予告で耳にした音楽はいかにもそれまでのデ・パルマものという感じだったのだが、担当は坂本龍一というナビゲーターの紹介にびっくり。はい、知らなかったんです。余りにもデ・パルマっぽかったので、彼の相棒ピーノ・ドナッジオと、デ・パルマの大好きなヒッチコックの相棒B・ハーマンのどちらを意識しているかなとちょっと注意してみたのだが、私にはハーマン路線のように思えた)ということで、これから放映される、まだ見たことのない「黒猫の怨霊」と「忍者と悪女」では音楽にも気をつけねば。

今回は、「アッシャー家の惨劇」を先日見たばかりということでどうしてもそれとの比較をしてしまう。前者ではやっぱり“演出”していましたね、V・プライスの目の色。このたびの灰色がかったはしばみ色がもともとの色でしょう。平らな表現をしてしまうと、前者では、能動的というのでもないが、運命(そして狂気)に対する達観、受諾の境地、ひいては自己哀惜、自己憐憫からさらに深化した自己陶酔の表象としての紫がかった瞳だったのだろう。片や、ここでのニコラスは幼いころの恐怖の体験に支配されている。子供にとって信頼する存在・愛する存在である父親・母親の裏切りと狂気の姿を幼くして刻みつけられた者の目は褪せた色でなければならない。かつ、B・スティールにような黒あるいはダークブラウンといった意志的な(不思議なことにB・スティールはどんな役のときも、まるで自ら進んで、選んでそういう存在となったとでもいうような“動じなさ”を感じさせる)濃い色も似合わない。愛する者に裏切られるのではないか、はたまた愛する者を殺すのではないかという潜在的な強迫を長い間抱き続けた者としては、受動的に狂気に心を委ねて当たり前だ。それが彼にとっての唯一最後の逃げ場、安息の境地なのだから。
3月の「V・プライスの“崩壊”も堪能あれ」以降の記述は、私自身も究極の安息の地に早く達したいという意味。前回は何か思い込みからかB・スティールも精神的に崩壊しているという印象を私は持ってしまったが、最終的に彼女にやってくるのはニコラスとは対照的に肉体の崩壊だ。“精神のあやかしさ”すら感じさせる、見る者を惹きつけずにはおかない魅力にあふれた彼女の顔が見せる、ラストショットでの驚愕のマスクのショッキングさ。精神の崩壊と肉体の崩壊とどちらを選びますかと迫られているようだ。どっちでもいいから早く崩壊が訪れてくれることを待っている私なのだが。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
トラックバックありがとうございました。
R・コーマンの著作を紹介したもう1つのブログからも、
トラックバックさせていただきました。
それにしてもよく観ていますね(^^)
今週、レンタル落ちのビデオを2本入手の予定ですので、
週末にでもゆっくり観ようと思っています。楽しみです。
k-show
2005/10/19 23:04

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