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zoom RSS 「幻の殺意」

<<   作成日時 : 2005/05/28 20:49   >>

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1971年の沢島 忠監督作品。原作は結城昌治。小林桂樹、若尾文子の夫婦に中村勘九郎(現勘三郎)の息子という配役。ビデオ化されていないとのこと。それでは、まさしく「幻の名作」といえるだろう。
起承転結の“起”の時点で、大まかな、ほんとに大体の大まかな筋は察しがつく。しかし、“転”から“結”にかけてのそれぞれの人物の心の動きの複雑さは、受け手の想像を許さないものだ。あぁ、こういう心理が存在するものかと改めて人の心の奥深さを突きつけられる。

見ながら何が“幻の”殺意なんだろうとずっと考えていた。“起”にまつわってのそれは幻ではないから。それがどういうことかわかったとき、正直、戦慄を覚えずにはいられない。人間の哀しさとしかいいようがないか。いや、人の心理の恐ろしさも同時に存在している。「今の若い者は……」というありようは、程度の差こそあれいつの時代にも共通のようだ。が、サザエさんじゃないが、親と子の間のそれなりの礼儀といったものが前提としてきちんと描かれているだけに、そしてクライマックスにかけてもそれは失われていないだけに、なおさらこちらの胸が締め付けられる作品である。見てよかった。

本筋とは別に当時の風俗も見ものだ。吉沢京子演じる勘九郎のガールフレンドのファッションときたら、こりゃあたまんないな。バックに流れる当時の流行歌もサイコー。当時の新宿ややくざ屋さんの様子なんかも。
そして勘九郎。今や勘三郎の大看板だが。相変わらずの若尾文子の美貌もすばらしいし、東山千栄子や三島雅夫、藤岡重慶、下川辰平の脇に、さらに脇の脇の春川ますみ、菅井きん、初井言榮、中村伸郎らの姿も“おぉ〜”っと感動もの。が、やっぱ勘九郎だな。これは彼のファンならおさえとかなくてはならない作品だ。初々しさと、役の上での“きちんと育てられた”子供のいい子さと、そして歌舞伎界の伝統、血統を感じさせずにはいられないそのプロポーション、役柄としても彼そのものとしてもいろんな意味で楽しめる。
繰り返しになるが、本当に見てよかった。そう思える作品と出会えたことに感謝する。

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