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zoom RSS “子役”考

<<   作成日時 : 2005/04/24 22:53   >>

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今日「ハイド アンド シーク」を見る。ダコタ・ファニングはもはや「子役」とは言えないだろう。惜しむらくは、脚本の徹底度のいまいちさというか、途中からの“ぶれ”で、彼女演じるキャラ、ひいては彼女自身の作品においてのあり方が統一感の欠けるものになってしまったことだ。(それにしてもどうしても言いたい!かのエイミー・アービングの、ある年齢に達した女性からはうらやましいといえる素敵な年のとり方も、D・ファニングちゃんとのツーッショットだとおばあさんと孫にしかみえないよ、残念!)

それにしても、子供の持つ、子供にしか持てない魅力は、人々の実生活よりもはるかにスクリーンにおいてはかけがえのないものだ。E・テーラー、R・マクドウォールからN・ウッドしかり、急に飛ぶがドリュー・バリモアはよくぞ蘇った。
私がどうしてここまで「ジェイコブズ・ラダー」に惹かれラストでは泣かずにはいられないのか。それは、全編通しての迷路に置いてきぼりにされたごときティム・ロビンスありように追い打ちをかける幼き日のマコーレー・カルキン君のまさに天使としか形容できない様相からだ。あのラストは、どこか心に安らぎを、行き着く先を希求している者にとっては“これこそが自分が待っていてくれた到着すべきところ”としか思えない。それもこれもM・カルキン君の導きあってこそだ。
デボラ・カーの「回転」もパメラ・フランクリン(あぁ「ヘルハウス」。そう、R・マクドウォールも「ヘル…」に出演していた)あってこそ。ジーン・ティアニーの「幽霊と未亡人」のN・ウッドも無視できない。そして急に現代になり「シックス・センス」のハーレイ・ジョエル・オスメント君か。いや、その前に、クリスティーナ・リッチは見事に切り抜けていたのでもう「子役上がり」なんてことは忘れていた。C・ベールも同様。
そしてD・ファニング。「アイ・アム・サム」もいいが、彼女の何ともいえない透明感を最もあらわしていたのはWOWWOWで放映された「TAKEN」だ。「ハイド…」とは逆に、脚本上からもともと彼女のキャラは常識では不可解な設定ではあったが、彼女自身の持ち味と見事にマッチしていた。すばらしいアリー像をつくり上げていた。あれは、あの年齢の彼女にしかできないものだと思う。
今日彼女の最新作を見て、もう子役こそが持つ何とも言い知れぬ“魔力”ともそろそろ卒業かなぁと淋しさ半分、順調に美しく成長してくれそうな様子に安堵半分といった感想を持った。あぁ、ただ一つ、彼女はブルネットよりはやっぱりブロンドの方がいいと思う。

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