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zoom RSS 「柳桜集」

<<   作成日時 : 2005/02/11 20:58   >>

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木々高太郎の存在は創元推理文庫で初めて知った。とても驚いた。かのパブロフに師事したというれっきとした大脳生理学者が、すばらしく叙情的な、そしてとんでもなく非科学的な物語をものしていることに。

大脳生理学という極めてロジカルな領域と、作品の過剰までにセンチメンタルでメランコリックな世界。この格差というのは、木々の人間としての幅の広さ、学者としての専門分野への探求と一方での文学への切ないまでの憧憬・希求のなせるわざだと思っていた。どうしてその道のプロフェッショナルがこんな生物学的に突拍子もないものを書けるのか全く不可解だったが、彼はその“とんでもなさ”を承知の上で文学の創作を追求したのだと、文学者たらんとしたその純粋さと情熱に心打たれたりしたものだ。海野十三だって、あの時代にしてこの発想とSFの父みたいないわれ方をするが、だれしも度肝を抜かれる奇想天外さ・荒唐無稽さは海野十三を味わう際には暗黙の前提だ。海野の幸福はサイエンティック・フィクションのカテゴリーに存在できたこと。片や木々のフィールドの生理学、心理学は、フィクションとくくるには生々し過ぎる。実際的過ぎる。ゆえにその“とんでもなさ”が際立ってしまう。

その後、林髞としての足跡を知るに従い私の印象は変化していく。栄養学や公衆衛生に関して、今となってはナンセンスの一言で片付けられるような理論を世間に対して展開していた彼。自身としては大真面目だったのだろうが。そういう彼のありようから推して、作品の“とんでもなさ”も実は大真面目だったのかもと推測される。当初の「人間としての幅」という評価は消え、残ったのは「過剰なセンチメンタリズム」(懐かしいなー、このフレーズ)だ。しかし、時代が変わろうとも、受け手の認識が変わろうとも、その純粋、一途と形容できる姿勢は評価したい。だって彼の場合、学者が作家になったのではなくて、作家になろうとした者が学者になったのだから。青臭さすら感じる彼の文学、いや芸術への思いはやっぱり私の胸を打つ。

その最たるものが「柳桜集」だ。「集」といってもそれを成すのは短編二編。が、この「柳桜集」に彼のエッセンスは凝縮されている。生物学・医学に裏打ちされた客観性、それをベースにした探偵小説の核である謎解き、ここでは恋愛と文学として示される“求めるもの”へのこの上ない情熱、プラトニックかつパッショネートな愛情・思慕、そして、実に興味深い、人間の“シナプスの複雑さ”にただただ目を閉じ黙することしかできなくなってしまう、崇高ささえ覚える心理のパラドックス。甲賀三郎との論争を初めとする彼にまつわる尾ひれはすべて置いておいていい。木々はこの作品を世に残すために存在したのだ。そう考えると、すべてが許される。
「青色鞏膜」も美しい作品だ。主人公たちの愛情のすぐ隣に存在していた運命の容赦なさに、呆然と立ち尽くすことしかできない。青に象徴される2人の純真な愛と科学の冷徹厳正さには涙でもってしか対応できない作品である。

「柳桜集」においてはどちらも最後のパラグラフが胸を締め付ける。「緑色の目」しかり「文学少女」しかり。「文学…」では、文学に魅入られた主人公ミヤは骨膜の病に苛まれ、木々は最後にこのように語らせる。「骨を削るといいますね。骨の痛みがわかったので、その言葉の意味が、よくわかるようになりました」。数カ月前、「これが骨の痛みか」と思わざるを得ない痛みに見舞われたときミヤを思い出さざるを得なかった。そのとき私はミヤと直接交感できたように思った。
それが創作だとわかりつつ、男性にもこういう心理があるのかしらと思いながら、愛しているから結婚できないというベアテ、才能を見出してくれた人に心の中で接吻する許しを請いながらもかの人の近づくのを制するために最期の力を振り絞るミヤ、2人の心理のパラドクシカルさと全うさに胸がちぎれる。そういう相反する心理を抱く人間というものに切なさを感じ、そして愛の逆説・矛盾がア・プリオリに理解・納得できる自分が哀しい。
木々高太郎は、他者の評価はともかく、個人的には自分の心の寂しさに入り込んできてくれる作家だ。彼と出会えたことに感謝するばかりである。

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